ORDER.06 「青空」
本日も晴天なり。
連日続きの洗濯日和に、そろそろ昼のメニューもあっさりしたものが欲しくなってくる。
だいぶ陽が昇ってきたが、姉は二階の自室から降りてこない。よく昼と夜の二食で足りるものだ。
縁側に座り、日陰で休日の緩い時間を満喫する。
まだこの時間は、日陰に吹く風は涼しい。吸い込む空気はさらりと鼻を通る。日中になると、縁側にもだるくて無気力な空気が流れる。
朝に目いっぱい窓を開けておいても、昼には温い風に入れ替わってしまう。私は姉が布団の中で、魚のホイル焼きみたいになっているところを想像した。
浅い眠りで残った睡魔を取り払おうと、後味が舌に張り付く牛乳を飲む姉。多分一日で一番不機嫌な時。
ふう、と軽く息をこぼした。朝が弱い人って大変だな。私からしたら滑稽な見世物だけど。
晴れの日のこの時間帯になると、縁側には茶色のぶちの猫が来る。姉は猫が好きだ。私も好きなので指で猫を誘う。
猫はどっしりとそこに構えて動かない。仕方なくこちらから猫のほうへ行く。しゃがんで喉を撫でようと手を出すと、右腕を振り下ろされたので引っ込めた。
猫は「ふん」という鼻息が聞こえそうな、悠々とした態度で去っていった。
私はこの猫を見かけるようになってから、何度もアプローチして振られている。父や母はどうだか知らないが、姉は一度もこの猫に会っていないと言っていた。
何度も私を拒絶しながらこの家に来るのは、私以外の人に会いたいからじゃないかと思う。誰だか分からないから、行き場のないジェラシーは胸の奥で燻る。
真紀子が家に来た。私は姉の部屋の隣にある、自分の部屋に真紀子を入れた。
私は真紀子に猫の話をする。真紀子は小さな子供をあやすように、楽しそうに焼きもちやきねと言った。
姉の部屋が一番日当たりがいいのだが、私の部屋も随分暖かくなってきた。温まってきた風がゆらゆらとカーテンを揺らす。
ムラのない青空に、筆ですっと一撫でしたような雲が浮かんでいる。
「いい天気ね」
真紀子が言った。
「外が呼んでいるみたい」
そう言うと、「遊んでくればいいじゃない」とおどけた返事がきた。
いつも真紀子は指先で私を遊ぶような言い方をする。からかうような、本当に子ども扱いしているような言い方は姉にそっくりだ。
けれどそれが気にならないほど、真紀子は自然に私の姉なのだった。
隣の部屋からは時々、何かが壁にぶつかる音がする。
「またお姉さん?」
真紀子は何度か休日の我が家を訪れているので、突然の衝突音にも動じない。
姉は寝相が悪くない方だが、どういうわけか睡眠時間に比例して、寝返りの幅が広がっていくのだった。
そういうわけで、姉がサークル仲間と飲んで帰った翌日だったりすると、我が家では一定の時間ごとに地響きがする。
真紀子は再び空を見やった。うっすらと化粧をしている端正な横顔に日差しが刺さる。
姉も休日に時間ができると、こうして彼方を見つめて帰ってこない事がよくあった。
真紀子は姉みたいだ。真紀子には空はどんな風に見えるんだろう。
「都会の空は狭いのよね。最初はビルが高くて違和感を覚えたと思ったんだけど、空なのね、あの圧迫される感じの原因は。休日に窓から空を見るとね、ほっとするって言うか、気が抜けちゃうって言うか。全部、持って行かれちゃうのよね」
姉がそんなことを言っていたのを思い出して、真紀子にそのまま伝えてみる。
「紗枝はお姉さんが好きなのね」
洗練された女性のように、クスリと真紀子は笑った。
自分の思ったような会話が成立しなくて、でもそんなことを気にする前に、何かが燻った。
さらっとそんなことが言える真紀子に、私の胸の奥で何かが燻った。
本日も晴天なり。
ようやく、姉が降りていく気配がした。